同人サークルライフハックログラーズ

生きづらさを抱える人の生活工夫の知恵とツール紹介

恥の文化は・・・ない?(え? 嘘だよね? 実話です)

就労支援施設あるあるですが。

汗かいて、着替え中に。

他の利用者が更衣室のドア全開にして、出ていくので。
女性利用者に、下着を見せることが日常となっています。 orz

衣服だけなら、「まだ」いいほうですが。

トイレの排泄時もドア全開にして、出入りするため。

・・・強制露出プレイ巻き込みをされるという日常です。
 (1日に4回はありますね。それが週の半分もあるとなると…(´・ω・`))

他の利用者は、自分がそうされても「恥ずかしくない」みたいそうです。


なぜ、こういうのが日常的になるのか?を考えてみました。

■彼らには、それが恥ずかしい。という概念がない。

 観察して、わかったのですが。そもそも、「それが恥ずかしいという概念」と文化がないのではないか?
と思います。
 
 施設利用の多くは知的障害者が多く。軽度~重度とごちゃまぜ状態です。
 今現在の判断基準で、彼らの精神年齢はどれくらいなのか?と大ざっぱに説明しますと。

 知的障害者の精神年齢は、

 軽度ですと。小学生5-6年生くらい。
 中度ですと4-3年生くらい。
 重度ですと小学生2年ー幼稚園児くらいと推定されています。

 そのため、施設内の作業内容も知的障害者の文化背景に合わせる。

 つまり、「重度―小学2年生でもわかる説明と教え方をしないとけない」
 ということになります。

 たとえば、出だしで言った。

 「他の利用者が着替えている時に、更衣室のドアを全開にしたままでていくことで、
 他の利用者が恥ずかしいということが想像できない」

 というのは、知的障害者の利用者は自分と他人の意識の境界線がわからない人が多い。

 施設あるあるですが、女性利用者が清掃作業する機会があります。
 
 男性トイレの清掃に入る時に、ノックすることもなく。清掃に入ることも多く。
 女性利用者と男性利用者が鉢合わせたら・・・うん、その先はどういうことになるかも察しが付くと思う(・・;) 
(そういったトラブルは、今のところないが。起きたらどうなるのかは、知らん(;´・ω・))
 そうなった場合のトラブル対処は職員は一切教えていないので、利用者本人の自己努力になります。

 たぶん、職員が教えることは無理でしょう。
 なぜなら、私に対して、生き死にをかけた戦いを想起した出来事でこうすれば治ります!と言った名言があります。
 
「(私達のいうことを聞いて、医療機関利用しないで)トラウマを再体験すれば、トラウマに強くなれる。そうすれば、心が強くなります!」

 住んでいる場所の障害者福祉現場の最前線。
 これは、精神医療の主治医やカウンセリング先にも報告済みですが。

 「もう、この施設にこちらから、そちらの施設でもできる精神ケアの方法を私を通して教えたくない」

 と言っております。正直、私自身書籍などを通じ、自己観察と考察から得たセルフケアは一切教えていません。

 脱線したので、話を戻しましょう。「境界線」が、ないのかでしたね。
  
 ■who are you? あなたは、だれ?

 たとえば、私のHNは「レミー」です。それは、「私」という名前であるということと独立した人格を持った人である。
 ということは、わかりますよね? 自分の名前が呼ばれたら、返事をする。それが、自分であるということ自覚している。
 
 ですが、彼らは、自分の名前だけでなく。他の利用者の名前が呼ばれた時でも「はい」と返事をしてしまう。
 彼らは、自分の名前でなくても。他の人の名前でも返事をしてしまう。それはなぜか?

 「自分自身であることを自覚することが、できない」 

 極端な話になりますが、彼らは自分の名前なんて、なくてもいい。と思っているのか?

 自分自身が、自分の人生の主であることさえも、彼らは捨てている。
 それを捨てるな。と教える人はいない。最初に授かった宝物がなんなのかも、彼らは自分の頭で考える方法を
 職員は、一切教えない。

なぜなら―それは、施設には不必要なものだから。

 
 自分と他人の育った環境が違うことも、生活課題が何か?ということも彼らはわからない。
 例えば、就労する金を稼ぐ方法を相談したとしても、彼らは応えることができない。
 なぜなら、どうやって、施設以外で働き口を得る方法を知らないから。
  
 ■自他を区別できないのは、相手の力量を見誤る。 

 施設の知的障害者の彼らは、「レミー」=自分たちと同じ障害を持った人間。
 同じ考え方と接し方(知的障害者の文化)でやればいい。

 といった物差しで考えてしまうので、自分と相手の文化背景が違うこともわからないのです。
 
 例えば、英語圏の車の交通方法が、日本とは正反対である。ことは、皆さんは知っていると思います。
 ですが、彼らは、日本の車が走る方法で、英語圏の道路を走ればいい!
 といったモノで、完全独走しようとしていると想像したら、恐ろしいことになる。

 何よりも恐ろしいのは、格闘経験がある見た目が弱そうに見える人に、自分と同じ物差しで接したら、殴られた!
 ということも起こるのです。

 一例ですと。あいさつ代わりに、初対面の人間の肩をポンポンと叩くというのも平気でやります。
(拳が飛んでくることがわからないのです(;・∀・) 例えであげたことが彼らの中では「正しい挨拶」だと思っているのです)
 
 つまり、暴力沙汰になってもOKな方法を施設内で日常的にあるのです。
 
 既に職員も限界です。
 私もそういった場面を目撃しましたが、なぜ、それが悪いのか? 何故、事件になってしまうのか?といったものを
 詳しく教えられないというのもあります。

 方法は、あります。視覚支援教育とVR体験。
 ですが、彼らの行動原理は、「DQN行為=カッコいい行為」と思い込んでいる為。
 それを疑似体験したことで、「俺カッケ―!」と思うかもしれません。

 しかし、この方法と同時に、問いかけなければいけないことは、「君のアイデンティティはなにか?」
 ということを問いかけ、自分自身とは何者か? 自分が自分であると言えるのはなにか?ということを
 何度も自分自身で問いかけ、答えを稚拙でもいいから、発信することだと私は思います。

 そして、私の物まねをする利用者がいますが。
 「では、君は、『私』なのか? 君という名前の人間は、この世にいなくてもいいんだね?」
 と聞き返し。私ではないと否定します。そして、自分は自分であると。

■就労支援の役割と彼らの文化はどうするのか?

就労支援施設が、死ぬまで面倒みるというのなら、彼らの文化を保護してもいいと思いますが。
職員も、寿命があります。不老不死ではありません。
親亡きあとも生きないといけないのが現実です。

その受け皿となる社会の場が少ない事。
そして、偏見をなくすための双方の歩み寄りと努力が必要ということ。
そのための、組織をどう創るか・・・? そして、どう続けるか。

 
 
 
 
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  1. 2017/05/28(日) 11:34:34|
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